まだ右も左も分からないシード期に、ある投資家に出会いました。その投資家は自分やプロダクトのことを評価してくれて、出資をしたいと言ってくれています。
条件を聞いてみたところ、「Post1億円で4000万円出資したい(シェア40%)」と提示されました。
・・・という場面に出くわした場合、あなたならどういう判断をしますか?
40%というのは結構大きな数字です。この時点で創業株主の持ち株比率は60%に希薄化します。
Post1億で4000万円調達した場合の資本政策(文字が小さくて見づらい場合は拡大してご覧ください)
心のどこかで「この取引は危険かも?」と思いつつも、「せっかく訪れたチャンスを見過ごすという判断をするようでは経営者としてダメだ」と自分に言い聞かせてはいないでしょうか。
「大きな希薄化によって自分自身のキャピタルゲインが減ることを考えるより、投資を受けることによる事業成長を優先させるべき」とも思っているかもしれません。
かつての私がそうだったように。
なぜ書くのか
なぜこのテーマで記事を書こうと思ったのかというと、私もかつて起業した会社の資本政策で大きな失敗を犯したからです。実際に当時の私は上記のようなことを考えて、自分の判断を正当化しようとしていました。
単に自分自身が資本政策に対して無知だったというのもありましたし、起業前の会社員時代を過ごしたベンチャーがイレギュラーな資本政策で成功していたということも、当時の自分自身の判断ミスを助長したように思います。そのような資本政策での成功事例はいわゆる生存者バイアスであり、再現性が乏しいということに気付かなかったのです。
当時その資本政策がスタートアップ界隈で物議を醸したことももちろん知っています。そしてそういう失敗事例がスタートアップのエコシステムに共有され、数年前より資本政策に対する正しい理解が進んでいることも実感しています。スタートアップの成功確率はそうやって上がっていくのでしょう。
にも関わらず、今でも同じような失敗事例は少なからず存在しています。蛮勇で無謀な新米起業家が通る道です。その道に存在する避けられる地雷、避けるべき地雷を踏み続けています。
このような状況の中で、自分自身に当事者としての原体験があるからこそ書く意義もあると思うし、それによって伝わるメッセージもあるのではないかと考えています。
(念のため補足)
私たちがかつて産み出したSnapeeeというプロダクトは、壁打ちしてもらっていたVCと共に生み出したものです。彼らがいなかったらSnapeeeも私自身も世に出ていたかったわけですし、そこにはとても感謝しています。
最近は変なディールの話もその方面からは聞こえてこないですし、お互い学びが多かったんでしょうね。今でも当時の社外取締役含め、みなさんと仲良くさせていただいております。
歪んだ資本政策が事業成長の機会まで奪ってしまう
話を戻します。
投資を受けることにより事業成長を加速させることができる、というのはほとんど正しいです。調達した資金を良いお金の使い方に回すことができれば、自己資金だけで会社を経営するよりも断然早く成長を加速させることができます。
問題はその成長をいつまで継続できるかどうかです。
シード期にあまりに歪んだ資本政策で資金調達をした場合、あなたが本当にやりたかったことや本当に実現したかった世界に到達するよりもはるか手前で、それに起因する多くの問題が発生して苦労することになります。
歪んだ資本政策の問題点としてよく言われるのは「大株主VCと創業者との間のコミュニケーションで苦労する」という話です。ところが、実際にはシードで入った大株主VCと創業者との間の関係性はむしろ比較的良好なことが多いです。
では具体的に、どのような問題が起きるのでしょうか?
次回以降のラウンドの調達が難しくなってしまう
シードラウンドを乗り越えた先に、次の資金調達ラウンドが待ち構えています。
資本政策を失敗してしまったという認めたくない事実に、ほとんどの起業家はこのタイミングで薄々気づいています。私が相談を受けるのもこのタイミングが本当に多いです。
そうなった場合の次のラウンドのバリュエーション設定基準は「その時点での本来の企業価値」ではなく「さらなく希薄化を防ぐための単なる経営者(と大株主VC)の都合」になりやすいです。
希薄化が進んでVC比率が高まればIPO時の売り圧力も強まりますし、そもそもがそういう歪んだ資本政策を是としてしまうようなVCであれば、後先考えずに「とにかく高いバリュエーションでやろう」とハッパをかけてくることさえもあるでしょう。
それらのことをあれこれ考えた結果、Post5億くらいの価値が適正なところを、希薄化を恐れて8億や10億という値付けにしてしまいがちです。
Post5億と8億でそれぞれ1億円調達した場合の比較
1社か2社がその条件でOKを出したとして、その投資家は本当にあなたが望んだ相手なのでしょうか?
さらに言うと、その次のラウンドはどうすれば良いのでしょうか?事業がずっと右肩上がりで成長を続けていれば乗り切れるでしょうが、ほとんどのスタートアップには踊り場の時期があります。
仮に同じ株価でもう一度調達しなければならない、となった時に引き受け手はあるのでしょうか?ダウンラウンド?それこそ簡単に口に出せる話ではありません。
まともな資本政策であればまだまだチャレンジできていたはずだったのに、不本意なタイミングでの会社の売却や清算を余儀なくされるというケースさえもあり得ます。
マジョリティ(大株主)VCとマイノリティ(少数株主)VCの利害不一致
別のパターンとして、シードでPost1億円で4000万円を調達した後、2回目のラウンドでPost4億円で別のVCから4000万円調達するとします。
出来上がりの資本政策は以下のような感じです。最近は優先株を使うスキームも一般的にはなっていますが、便宜上どちらも同じ普通株だと仮定します。
Post4億で4000万円調達した場合の資本政策
出資している金額はどちらのVCも4000万円です。現在のバリュエーションで見てもまだPost4億円なので不確実性は高く、VCとしてもかなりのリスクテイクをしているフェーズです。少なくともミドルステージやレイタースレージではありません。
どちらのVCもかなりのリスクを負うフェーズにおいて、(提供してくれる価値自体に違いがあるとしても)この持ち株比率の差は適切なのでしょうか?後者のVCとしては、リスクを負うからこそ経営に関与すべき所は関与したいと考えるでしょうが、この比率でうまくバトンタッチできるのでしょうか?
シードのVCはこの後5億円でバイアウトできれば1億円以上のキャピタルゲインが発生しますが、新規のVCはそれだとほとんど利益は出ません。同じような時期に大差無いリスクを取っているにも関わらずです。
このような資本政策でも投資したいと言ってくれるVCが、果たして何社あるでしょうか?
投資家があなたに言わないこと
上に挙げた事例だけでなく、歪んだ資本政策によって始まった構造上の矛盾は別の大きな矛盾を生み出し、その連鎖が経営の選択肢を狭めることに繋がります。株主間の関係の変化やコミュニケーションコストの増大はあくまでその一要素に過ぎません。
投資家は投資検討を行う際、起業家から提示された条件だけでなく、あなたが資本政策に対して無知であったり、そのリスクを過小評価していたりしているという事実も意外とシビアに見ていたりします。あなたにそれを積極的にフィードバックする理由が無いから言わないというだけです。
VCから出資を受ける決断をする前に、少しだけ立ち止まって考えてみてください
みなさんがご存知のように、各社ごとにマーケットサイズも経営環境も異なる中で、完全に理想的な資本政策というものは存在しません。
それでも押さえておくべきポイントはいくつか存在します。今回のテーマの重要なポイントは以下の2つです。
- その資本政策で資金調達を行った場合、次回以降の選択肢はどれだけ残っているか
- それぞれの株主が取ったリスクやバリューの大きさに対して、適切なリターン設計になっているか(=株主全員が幸せになるか)
選択肢が残っていれば勝負所で大型調達もできる
あともうひとつありました。
- そもそもあなた自身やあなたの事業に本当に価値があるのなら、「シェア40%放出」よりも遥かにまともな条件で、別の誰かから資金調達ができるはず
いずれも見落としがちなので気を付けたい所です。
VCは基本的には起業家の味方です。彼らとの関係がうまく噛み合ってそのバリューを活かすことができれば、事業成長の可能性は大きく広がります。一方で、VCにはVCのビジネスモデルがあり、起業家側とは別の行動原理を持っています。そのこと自体知っておいて損はありません。
重要なのは、起業家も資本政策をきちんと理解した上で自分たちの行動原理を持つことです。それ無しに投資を受けてしまうと、誰も望まない方向に、見えない力によって引きずりこまれることになります。
まだまだ書きたいことはあるのですが、長くなったので今回はこの辺で。さらに詳しく話を聞きたい場合は直接ご連絡ください。